山形の若者の活躍や山形の魅力を発信する「やまがた若者応援大使」が、県内でチャレンジする若者を紹介します。
今回は「With優代表の白石祥和さん」が、米沢市で農業を営む「岡義将」さんにインタビューしてくださいました。
【取材者 白石祥和さん】
今回は、大学卒業後、米沢に移住し、農家になった岡義将くんに話を伺ってきました!
ー早速ですが、岡くんはどちらの出身ですか?
埼玉県富士見市というところで、地元の高校を卒業後、帝京大学へ進学、大学も実家から通っていました。
ー転機になったのは大学3年時に入ったゼミでの活動と伺ってますが、どんなことがあったんですか?
森吉弘先生のゼミに入ったのですが、そのゼミでは米沢市の小野川温泉で合宿をしていたんですね。その時に初めて米沢市に来ました!
その合宿が終わって、大学に戻ってから先輩に言われたんですよ。「岡、米沢におもしろい農家さんがいたぞー、40くらいのおっさんで『畑は宇宙だ』って言っていて、移住してきたみたいよ」って。
その方が後に師匠になる千葉陽平さんです。自分は農家さんと言えば年配の方で、ずっとその土地でやっているようなイメージしかなかったんですね。

その話を聞いて、「千葉さんに会いに畑に行ってみたいですねー」となり、後日千葉さんに連絡を取らせていただいて1週間ぐらい千葉さんの農家の手伝いをさせてもらったんです。
それが初めての千葉さんとの関わりで、完全にプライべートで訪れました。丁度その頃、米沢では秋まつりもやっていて、畑のお手伝いと併せて土日はお祭りに参加もさせていただいたのが、とても良かったんです。山形大学や米沢栄養大学、米沢短期大学の学生も一緒に会場に来てくれて、色々交流出来て、他大学の同期の友人・繋がりも出来、一緒にご飯を食べたり、その経験もすごく良くて、それ以降3年生の間も4年生になってからも何度も遊びに来ました。


ー素敵な経験ですね!3年生くらいから進路の選択をしなければいけないと思うんだけど、その時点で農家になろうとか、そもそも農家に興味はあったんですか?
最初は自分が農家になるという頭はなかったですね。でも、何か農家さんの力になりたいという想いはありました。食にも興味はあったし、漠然と農業に興味はありました。農家は減り続けているし、このままでは日本の食はどうなるんだろうという考えもありました。
このままサラリーマンになっても自分は何も変わらないのではないかという思いもありました。
ーそれで大学は就職先を決めずに卒業?
いや、4年生の12月に決まったんですね
ー決まったというと?
その時に千葉さんのところに行って、千葉さんのところで勉強させてくださいとお願いしたんです。
ー弟子になるみたいな感じですかね?それは千葉さんのところで働くということだったの?
最初は!その予定だったんですよ。農家も研修制度があって、研修生として受け入れてくださると。12月にその話が決まり、空き家も探してくださる方がいて、4月に米沢に移住しました!
ー「その予定だったんです」というのが気になりますが・・・?
移住後に、千葉さんが「ごめん」と言い始めて、実は千葉さん本人が当時はまだ新規就農者だったので、研修生を受け入れできる対象ではなかったんですね。・・・「だったら、義将も新規就農してしまえ」と言われて、「分かりました」と新規就農者になり、今に至ります。笑
ー千葉さんの人柄と岡くんとの関係を分かっているから納得も出来るし、今となれば笑える話ですが、それで農家になるってすごいですね!
僕個人で農家になりたいと思って就農したわけでなく、なれと言われてなった。笑何の知識もなかったし、新規就農っていうものも分からないし、新規就農ってなに?農家って畑やって自分は農家ですと言えるかというとそうではないみたいで・・・
ー今はリンゴが主力とのことでしたが、リンゴの木だけで何本くらいあるんですか?
だいたい100本くらいですかね。
ーリンゴを始めるにあたっても何かきっかけとか縁があったんですか?
それは完全にご縁ですね。
米沢に来た1年目から千葉さんの紹介でリンゴの収穫の手伝いに行っていて、その農家さんのところにもずっと行っていたのですが、2~3年続けた時に、その農家さんには後継ぎがいなくて、「あと俺が出来なくなったらお前に全部まかせっからよ」って言ってくれて、半分冗談くらいだったと思うんですが、僕はその農家さんのこともすごく尊敬していて、そう言われたことが嬉しかったですね。それもきっかけになり、リンゴも視野に入れながらやっていこうかなと市の農政課とも相談していたんですが、たまたま今の園地が空いたと連絡が来て始めることになりました。

ー千葉さんとは今も交流がありますよね、そしてノーカーズというのも一昨年くらいでしたかね?ノーカーズについても教えていただけますか?
ノーカーズは新規就農者とIターン・Uターンの移住者の人がメインで組んでいて今6人いるのですが、たまたま同時期に自分と一緒に就農した方、40代、30代、そして自分が20代、バランスが良いというか、千葉さんが発起人となって情報交換をしたり、それぞれの作物を集めてノーカーズとしてマルシェに出たりしています。
ノーカーズHP: https://nokaz.jp/
ー何も経験のないところから6年も続けているってすごいなーと思うのですが、そもそも岡くんの進路選択に家族は反対したりとか、どんな反応だったのでしょう?
両親には反対はされなかったですね。多分、半分諦めていたんだと思いますが。笑
大学行っていた時も結構自由なことやらせてもらっていて、両親は、こいつは、いわゆる一般的な進路には行かないぞって思ってたんじゃないですかね。笑
どっちかというと反対していたのはばあちゃんですね。うちのばあちゃん達は地方から畑仕事が嫌で出てきた人間なので、なんでわざわざ農業をしに行くんだって感じでしたね。
ー今はどうなんですか?今も反対している感じ?
いやー、全然。むしろリンゴを喜んで食べてくれてますよ、良かったね、なんて言って。
ーこれからこういうことをやってみたいというのはありますか?
ノーカーズとしての活動は面白そうだなと思っています。個人としてはいいリンゴを作ってみたいなと思っています。いいものがどれだけ取れるかが勝負なので、そこに力をかけたいなとは思っています。

ー大学の時に初めて訪れた米沢、その時に当法人の運営する会員制居酒屋にもよく来てくれました。
米沢に来て6年、彼の周りには彼を応援したいたくさんの地域の方がいます。
「働き方」=「生き方」、同じ地域にいる先輩として彼を応援したいなと心から思いました。
畑の義将HP:https://htkyoshimasa.com/










